e旅歩き旅 46日目 能代市-大潟村

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ホテルサンルーラル大潟
ホテルサンルーラル大潟
親戚の兄さんが若い頃、大潟村で大規模な農業経営を夢見たが、家庭の事情で夢は叶えられなかった。その兄さんが先ごろ亡くなった。
彼の夢だった大潟村をどうしてもこの目で見たかったので大潟村に宿を取った。
結婚式などもできるホテルで予算オーバーだが、たまにはそれも良いだろう。
汗臭い男がリュックを担いで来るようなホテルではなかったが、宿はここだけしかないのだから仕方が無い。
少しでも安く上げるため、夕食なしにしてレストランで安いものを食べる予定でいたが、レストランはフランス料理でどれも高いものばかり・・・・。
最も安いものを注文したが、それでも予算オーバーだ。
メニューとにらめっこで考えていると、ウエイトレスが「お口にあいませんか?」と言うから、「いや、予算に合わないのです」と言ったら笑っていた。
きょうは雨の予報だったので、ルートは雨バージョン(22km)と晴れバージョン(38km)の2ルートをGPSにアップした。
雨バージョンは最短距離で大潟村を目指すもの。晴れバージョンは自然歩道の「新奥の細道」のうち「先人の足跡『風の松原』のみち」と「砂丘とメロンの香るみち」の二つを歩くことにしていた。
朝、道路は濡れていたが降ってはいなかったので、晴れバージョンを歩くことにした。
晴れバージョンは風の松原を歩くため、一旦北の方に2.5kmほど戻らなければならない。ちょっと無駄だけどやっぱり初めから歩きたいので戻ることにした。
能代公園の大ケヤキ
能代公園の大ケヤキ
天気は朝方一時ヤバイかな? という時もあったがだんだん晴れて、歩くにはちょうど良い天気になってくれた。
北に向かう途中に「けやき公園」というケヤキの大木がある公園があった。
これは素晴らしい大木だ。これを見られただけでも2.5km逆行した甲斐はあった。
能代公園のケヤキも巨樹だった。
それにつづく「風の松原」は気持のいい遊歩道が延々と続いていた。
朝の散歩をする人に大勢会った。
大きな声で交わす朝の挨拶は気持がいい!! 元気に歩いている人は声が明るく大きい。下を向いて杖を突きながらトボトボ歩いている人はやっぱり声に元気がない。
松原の中には、きのこ採りの人もかなり入っていた。この地方では何と言う名前だったか聞いたけど忘れてしまったが、色や形の説明からイグチやシモコシを探しているようだった。
そのおばさんとキノコの話をしていると、「あんたどこの人?」と言う事になり、事情を話すと
「なんでまた、こんな何にもない、寂しい道を歩いているの?」と言う。
「こんな素晴らしい松林があるじゃないですか! この道は『新奥の細道』と言って、歩くために環境省が制定した自然歩道です」と言うと
「へー、そうなの。地元でも知らんかった!」と驚いていた。
風の松原 遊歩道
風の松原 遊歩道
この「風の松原」は広さで日本一で、実に肩書きの多い松原だ。
「日本の自然100選」「日本の名松100選」「森林浴の森・日本100選」「日本の白砂青松100選」「日本の音風景100選」「かおり風景100選」
サイクリングコース、ウォーキングコース、ジョギングコース、そして今回歩いた「新奥の細道」が整備されていた。
コースの最後の方に「ロケット実験場」があったので、見学させてもらった。
この実験場はロケットの固体燃料の燃焼実験をするのが主たる目的だそうで、正式名称を「宇宙航空研究開発機構 能代多目的実験場」という。
久しぶりの日本海!!
久しぶりの日本海!!

JAXAの付属研究施設の一つで、内之浦から打ち上げられる観測ロケットの固体燃料ロケットエンジンの燃焼試験を行うため1962年に開設されたということだった。
内部を丁寧に案内説明していただいた。

能代多目的実験場 ロケットエンジンの燃焼実験をする施設
能代多目的実験場 ロケットエンジンの燃焼実験をする施設

1955年、糸川英夫博士が最初に実験されたペンシルロケットの実物大のレプリカが置いてあった。親指ほどの太さで将に鉛筆ほどの長さのロケットだった。
確か中学生の頃だったと思う。そのニュースにワクワクした記憶が蘇ってきた。

自然度が高すぎた自然歩道
自然度が高すぎた自然歩道
もう一つの「砂丘とメロンの香るみち」は、もう既にその道を歩いているはずなのに、道標がまだ一本もない。
「おかしいなあ?」 と思いながらGPSの示すとおり、浜田から「日向山」をぐるっと周る道に入って行った。
先の整備が行き届いた「風の松原」の道とは、どうも様子が違う。
民家の脇を通って日向山の方へ行くと、だんだん草深くなってきた。
その内、草丈が腰の辺りまでになり、数年前までは道だったような形跡はあるが、いくら自然歩道と言えども、これでは余りにも自然度が高すぎる。
どうやら指定当時の道は利用する人も少なく手入れもしないまま廃道寸前のようだ。
田んぼの小川にメダカがたくさんいた。これが本当の自然歩道
田んぼの小川にメダカがたくさん
数100m進むと杉の木が倒れていて、いよいよ進むのは困難になってきたので、引き返すことにした。
お陰でズボンにビッシリ付いた草の実を取るのに苦労した。

「日向山」を周るのは諦めて、その先へバイパスする村道を歩いた。やがて朽ち果てた初めての道標が見つかり砂浜の方へ案内していた。
釜谷の海岸の風力発電

反対方向はやっぱりあの草深い「日向山0.4km」となっていた。
400mぐらいならあのまま草を掻き分けて歩いてしまっても良かったが・・・。
海岸手前で広い道路と交差する箇所にも、海岸の松林で90度方向転換する箇所にも道標はなかった。おそらく有ったはずだから、朽ち果ててそのままになっているのだろう。
「風の松原」の道とは余りにも整備状況が違う。
それでも後半部は古ぼけてはいるが道標も現れだしてGPSに設定したルートが間違っていないことが確認できた。

延々と続く一直線道路 右は吹雪よけの柵
延々と続く一直線道路 右は防雪柵
いよいよ今日の主目的の干拓地まで来た。
延々と水田が広がっている様子が見えるのかと期待していたが、4~5km先には木立が見え、その先までは見通すことができなかった。
干拓地の水田は広い川のように残る八郎潟より2~3m低くなっている。
今歩いている、延々と続く直線道路が堤防になっていて水を堰き止めているようだ。どこかに排水施設もあるはずだ。
かなり遠くから田んぼの真ん中に見えていた、カントリーエレベーターかと思っていた三角屋根の建物が今日の宿「サンルーラル大潟」だった。

都会の真ん中にあっても決して見劣りしない8階建の立派なホテルだ。
堤防上の直線道路は歩道がなく、夕方で交通量も多いのでトンネル用点滅ランプ2個を点けて歩いた。
道路の右側には西から吹きつける冬の風雪を避ける防雪柵が延々と続いていた。
この防雪柵は風上に壁を作って雪を遮るのではなく、風の力を利用して雪を吹き飛ばして道路に吹き溜まりができるのを防ぐものだそうだ。
乾いた軽い雪の北海道や東北だからこそこのような防雪工が利用できるのだろう。
湿った重い雪の福井ではあまり見たことがない。

データ
  • 2006.10.03(火)
単独
能代市寿域長根
3.2km

7:39

8:31

1.2km

 

8:50

1.0km

 

9:06

5.8km

 

10:31

9.3km

11:05

13:24

3.0km

 

14:05

2.6km

 

14:43

8.8km

 

16:37

五明光橋
3.8km

 

17:28

歩行距離
38.5km
宗谷岬からの累計距離
1123.8km
行動時間
9時間50分
天気
曇りのち晴れ
宿泊
費用
宿泊 7,710
昼食 221
夕食 1,627
その他 615
その他は お茶・牛乳・野菜ジュース・おやつ・入館料・ランドリーなど
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