「便秘」は治る

TVの健康番組を見ていると、比較的若い女性が 「○○を食べたらお通じが良くなった」 などと平気で言っているのをよく見るようになった。 品がないと言うか、はじらいがなくなったと言うか、おおらかと言うか・・・・。

うちの家族は便秘とは無縁だ。 全員が毎朝快便がある。
結婚した当初、妻は便秘症だった。 一週間に一度程度しかなかったそうだ。
食事と排便は一対のもので、どちらが欠けても健康維持には良くない事は容易に想像できる。
排尿や排便は人間が社会生活を送る上での必要性から、所構わずしないようにコントロールできるように躾けられた。
その結果、一応サインが現れるが、それを我慢すると引っ込んでしまって、次の機会まで訪れない仕組みにできているようだ。
つまり、人間の意志である程度コントロールできるのである。

私は自分の体と、自分の心は別物であると思っている。
体は水が低いところへ流れるように、より簡単な方へ、より楽な方へ、より堕落する方へ流れたくなるもののようだ。
それを精神(心)でコントロールするのが人間という動物であると思っている。

便秘は自分のお尻(体)を、自分(精神)で躾けていない証拠である。
そこで、妻には朝ご飯が終わって、暫くしてから 「トイレに行ったか?」 と、毎朝聞くようにし、便意があろうがなかろうが5分間は座ってくるように義務付けた。
その甲斐あって、数週間もすると毎朝排便がある習慣がついてきた。
あれから40年近くなるが、妻はもちろん家族全員が便秘症とは全く無縁である。

男は「大」と「小」のトイレが違う。従って、自宅以外で「大」の方に入るのは、何がしかの抵抗感があるものである。(少なくとも私の場合は・・・・)
しかし、女性は「大」と「小」が同じトイレであるため、「大」の方を会社でも外出先でもいつでもできるという気軽さがあるのではないかと思う。
あるいはまた、専業主婦の場合は、「この洗濯が終わってから・・・」とか 「このTVが終わってから・・・」 とかで、「○時○分、家を出る前に・・・」 という、絶対的な締め切り時間がないこともあるかもしれない。
何れにせよ女性の場合(便秘の人の場合)は、その気軽さが、必ず家で決まった時間に「大」を済ませるという習慣が身に付かない原因ではないかと思う。
現に、妻に聞いた話だが、会社の女性トイレで、入った途端、前の人の強烈な臭いに閉口するときが度々あるという。

私は、自分の体は自分のものであっても、決して「自分」ではない。 と、言うのが持論である。
ちょっと目を離すと怠けたがる。
「自分」がしっかり見ていて、ビシビシ躾けないと直ぐに堕落するものである。
ダイエットできない人は、ひょっとすると便秘症の人かもしれないと思う今日この頃である。

データ
  • 2006.07.22(土)

 

歩行距離
19.3km
行動時間
5時間03分
アーカイブ

現在位置: ホームなんでも日記メニュー > このページ